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よく「同じように育てたのに・・・」っていう言い方をすることがありますが、「同じように育てるって一番難しいんだよ」と友人に言われたことがあります。
確かにそうですね。
長男は長男なりに、次男は次男なりに、三男は三男なりに、生まれた時点ですでに別々の環境からスタートしているということを忘れてはいけないなと思いました。
「団子三兄弟」の歌にあるように、とかく次男は「自分が一番」と態度がでかく目立って悪く言われることが多いようですが、次男には次男の苦労があったのです。
長男は始めは一人っ子状態なので安心して甘えていますが、弟が生まれると「お兄ちゃん」になり、次第に兄としての生き方を身につけていきます。
三男は生まれながらにして「弟」なので、面倒を見てもらうのが当然という感覚になるのでしょうね。
ところが次男ははじめは「弟」として面倒を見られる存在だったのが、三男の誕生とともに「お兄ちゃん」の存在になって立場が180度変わってしまうのです。
こそこそと三男をいじめて、いつの間にか三男のほっぺにつねった痕が残っていることが何度もありました。
次男は自然と自分のことは自分でやるような几帳面な子供になっていきましたが、常に「自分がしっかりやらなければ」という思いがあったのではないでしょうか。
親としては「あまり手のかからない子」だったのですが、それはとりもなおさず「ふれあいが少ない」ということを意味していたのです。
身をもってそれを示された時、恥ずかしながら初めて気がつきました。
叱ったときに目を潤ませながらじっと私を見ていたあの顔はいつまでも忘れられません。
私はただ感情だけで叱っていたのを彼は訴えるような目で見ていたのだと思わされます。
親ははじめから「親」なのではなく、子供を育てる中で「親」になっていくものなのですね。

